2026年4月14日火曜日

4月20日 (月) ヤン富田ブルーノート公演・直前のお知らせです。

4月20日 (月) ヤン富田ブルーノート公演・直前のお知らせです



YouTube:McGuffin /マクガフィン に出演しました。

4月20日のBLUE NOTE TOKYOでお会いしましょう! 

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2026年新作の T シャツ、スウェット、キャップは、4月22日(水)より "captain-nagai.com" にてご購入いただけます。
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下記は YouTube : McGuffin に於いて言及した事柄について、A.S.L. リポートより関連記事を一部転載しました

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excerpt from link :

https://asl-report.blogspot.com/2022/01/brap-boys-rainbow-crew.html


画像は、1998年川崎市選挙管理委員会主催の講演会において配布されたレジュメ

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川崎市選挙管理委員会主催  西区コミュニティ・カレッジ  全体の流れ


1998年

11/25 (水)     村上 隆      講師 メディアとは何か/メディアの働き

11/27 (金)   川勝 正幸 講師 編集とは何か

12/1   (火)     ヤン 富田 講師

12/3   (木)     桑原茂一  講師 メディアを通してどのように社会と関わっていくか

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企画意図その1

□昨年までの講座では「どこが政治や選挙と関係あるんだ?」と行った疑問がアンケートではよく見られましたが、これは現代美術や現代音楽に初めて接した人たちから発せられる質問に、よく似てると思います。


□「これのどこが芸術なんだ?」


□こう行った単純な疑問に答えるのが難しいのは、「芸術とは何か」という定義の確認から始めなければならなかったり、その人がそれまでに持っていた「これが芸術」という領域を、もう少し拡げてもらわなければならなかったりするからでしょうか。


□一方では「楽しければいいじゃない」とか「感性だよ」といった答え方もあるのかもしれませんが、これではちょっと不親切。


□さて「どこが政治や選挙と関係あるんだ?」です。


□ここで私たちが目指しているのは「政治」=「個人と個人の間の力関係」と定義して、表現の現場における政治性について考えてみようとしました。


□今回の講座は、「個人と個人の間の力関係」を進めて「社会の中での力関係」として、「メディア」や「編集(という行為)」の持つ政治性を意識してもらいたい、という趣旨で企画しています。


□講座を受ける中で、みなさんの生活の中にある「政治のかたち」のようなものを意識してもらえると、少しは「政治」も身近なものとしてとらえられるかもしれません。


□ご来場をお待ちしております。


企画意図その2 

■今年の7月に行われた参議院議員通常選挙では、選挙の前までは、投票率の低下を危惧する報道が溢れていました。曰く「投票率の低下は民主主義の危機だ」「支持する政党や候補がいなくても選挙には参加しなければならない」。


■結果としては、投票率が上がり、こう行った報道は__に終わりましたが、「投票率の低下は民主主義の危機だ」という報道は、より正確に言えば「間接民主主義の危機」というべきでしょう。「支持する政党や候補者がいない」という状況も、十分に「間接民主主義の危機」を表しています。


■原発の建設や産業廃棄物の処分場の建設等の可否を決める住民投票では、通常の選挙を上回る高投票率を記録していますから、自分たちの生活に直接関係すると思われることに対しての意思表示は、行われています。


■日本国では、間接民主主義(選挙によって選ばれた議員からなる議会)により国や自治体の意思決定がなされるわけですが、間接民主主義が直接民主主義よりも優れている点とは、何でしょうか?


■今回の講座では、間接民主主義というシステムを「メディア」、そこで行われるべき政策の決定を「編集」と仮定してみました。編集者(議員)によって素材(有権者や各種団体からの要望)が、編集され、決定されるわけです。


■様々なメディアで行われている編集について考えることによって、政治や選挙で行われるべき編集の姿、間接民主主義(あなたと政治の関係)のあるべき姿が浮かび上がってくると良いと思います。


■ご来場をお待ちしております。


(「川崎市選挙管理委員会主催 西区コミュニティ・カレッジ」に於いて配布されたレジュメより転載。) 


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講師の依頼がきて、なんでも主催者の方が私のファンだというのでお引き受けしました。講師といっても柄ではないので、プリペアード・レコードを100枚制作して参加者に配布することにしました。二日程徹夜しました。講演は盛況で四回の中では一番の動員だったとのことで、60人前後の定員でしたが100枚用意したプリペアード・レコードは手元に残りませんでした。そんなこともあって、気を良くしてたら、講演終了後の週末に、故 ECD くんから電話があり、「ヤンさんのレコードを3等分にしたレコードが下北沢のDISK UNION で壁に飾られて結構な値段で売られているけど、あれは何ですか?」というのです。事情を説明したら、私に代わってECDくんが憤慨してくれて、そのおかげで私は世の中っていろんな人がいるもんだと感じ入ったのでした。


川崎市選挙管理委員会主催  西区コミュニティ・カレッジに於いて配布されたプリペアード・レコード。


ヤン富田『必然性のある偶然の音楽のためのプリペアード・レコード』(1998) サイン、ナンバー

DR. YANN & GRANDMASTER FLASH “Vinyl Beat Of Two Turntables with Cybernetics & Biofeed-Back” のレコードを3等分した100枚のレコードを、直感によって、それらの中からの断片を選び、つなぎ合わせた。


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『必然性のある偶然』  ヤン富田 (初出 1993.4.)



偶然は偶然なので、それは必然 (的)といえます。

必然は必然なので、それは必然です。

つまり、偶然に必然はあり、必然に偶然はありません。

必然に偶然はないのですが、

その狭間に必然性のある偶然というものがあるのです。



「必然性のある偶然をフラクタル音楽として考察した」

『偶然性の音楽』、『管理された偶然の音楽』そして『必然性のある偶然の音楽』を複雑系の音楽としてフラクタル理論を応用し考察してみました。それぞれをフラクタル次元と仮定し図示すると下記の図となり、構成要素と相違を表すことができます。




 ここでの表現の目的は、アヴァンギャルドやコラージュと言ったことにあるのではなく、あくまでも『必然性のある偶然』が起こっているのかどうか?ということにあります。再生する前にはレコーダーを録音状態にしてから音を出します。奇跡は幾度も起きないので、再生してから録音しても遅いのです。またプリペアード・レコードは毎回同じ様に再生される訳ではありません。接合部分では針飛びが起こるのでトレースされる溝は毎回同じとはいえないからです。


 そして、そうして録音されたものを注意深く聴いてください。全く退屈なものか、或いは自己を超えた表現に出会うことがあるかもしれません。


バックカバー。


ヤン富田『必然性のある偶然の音楽のためのプリペアード・レコード』に関するリンクはこちらです。→ http://asl-report.blogspot.com/2011/02/blog-post.html

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Milan Knizak “Broken Music”   Edition Hundertmark 84. Karton  Cassette C60  Vinyl 7” Box Set Signed and Numbered 1 to 40   Special Edition   1983   Germany


 ミラン・ニザック(1940-) は、1960年代に隆盛した芸術運動”フルクサス” のヨーロッパに於ける中心メンバーでチェコ生まれのアーティストです。60年代初頭よりレコードを変形加工して制作する作品は ”ブロークン・ミュージック” として世界的にもよく知られています。音楽以外にも彫刻や絵画等、幅広い創作活動を行っており、1999年から2011年にはプラハのナショナル・ギャラリーの館長も務めました。2014年の東京都現代美術館開館20周年記念事業『FLUXUS IN JAPAN 2014 #2 Milan Knizak』では、初の来日公演が決定されましたが、直前の急病により来日を果たすことができませんでした。その為公演は急遽代役を立てる事となり、来日公演のあることを気づかずにいた私は、その代役を務める事となりとても驚きました。

(ヤン富田「第7回アシッドテスト」レジュメより転載)


 画像の作品は、二ザックの1983年の作品で、変形加工された7インチ・シングルとカセットには、ものすごく下手くそなDJがエレクトロのミックスをしたような音源が収録されていました。これを今から20数年前、90年代の初頭だと思うんですけど、あるギャラリーで6万円で購入しました。当時は80年代を通じてヒップホップしてたので、気になった音源は片っ端からチェックを入れてました。音楽を聴くのは子供の頃から大好きで、小学1年生でレコード屋さんに目的意識を持って行ってたんですよ! 70年代初頭にはレコードの個人輸入も始めたりして、そうやって今日迄ずっと買いつづけています。特に80年代から90年代の20年間は量も範囲も拡大しました。DJさんでもないのに、週に二回の新譜のチェックとかは欠かさず行ってましたし、お仕事もすごく忙しくしていたので、ガンガン仕事をして、機材もバンバン買って、子供もできて家も買ってという時期でした。そういった中で、この二ザックの作品は私にとってはエポックとなるような印象深いものの一つです。物事の価値はリスクを負うと見えてきますから、美術品だと思えば安いなというくらいの感覚で自分を納得させて購入したのですが、いざ蓋を開けてみるとグッとくる感じもなく、これだったら自分で創ったほうが良いなと、クリエイターの端くれとして心底思いました。この気づきがあって、後の私の拙作『必然性のある偶然の音楽のためのプリペアード・レコード』に繋がったのかなと思います。だからこの作品にはとても感謝しております。フルクサスの作品群は頓知のような作品が多く、これだったら君にも出来るでしょ……みたいなことで、フルクサスの良いところはそこにあると思うので、みんながそれぞれそうゆう事で何かを創り始めたり、そうした思考、姿勢で物事に接すれば、革命は起きると思います。アハハ。

 20数年前にそんなふうに考えていたことをすっかり忘れていた2014年4月初旬のある日、息せき切った電話が私のもとにありました。成田空港にいるのだけれど、ミラン・二ザックがいつまでたっても入管から出てこないので、問い合わせたところ、直前の急病で搭乗できなかったとの事、そこで3日後の公演の代役として出演してくれないかとの依頼でした。来日公演のあることも知らずにいた私はビックリしたのですが、その電話の主は、あの作品を私に譲ってくれたギャラリーのキュレーターの方でした。

 本番では、そういったいきさつから二ザック氏の作品にはご恩があることをご来場くださったお客様にお話しして、あの作品もステージ上で紹介しました。会場にいる全員で二ザック氏の快方をお祈りしてから、1時間程の演奏をしました。20数年の時は廻り巡って、あの作品の価値をあらためて知ることとなりました。

(ラジカセ for フューチャー:ヤン富田「オーディオ・サイエンス・ラボラトリー」アーカイヴス 誠文堂新光社 2016  より一部転載。) 



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会場にて配布されたコンサートのパンフレット


東京都現代美術館開館20周年記念事業 フルクサス・イン・ジャパン2014 #2   Fluxus in Japan 2014 #2 

Milan Knizak  ミラン・二ザック

スペシャル・ゲスト ヤン富田

2014年4月15日 (火) 18時30分  東京都現代美術館 講堂



(以下、東京都現代美術館 公報・Fluxus in Japan 2014 #2 パンフレットから)


数種類のレコードを裁断で組み合わせ、異なる音楽をコラージュする「ブロークン・ミュージック」で知られるミラン・ニザック。このたび待望の日本初公演を予定しておりましたが、急病のため来日することができなくなり、急遽、ヤン富田をスペシャル・ゲストとして迎えることになりました。富田には、直感によって選ばれた3枚のレコード盤を三等分し、別々に組み合わせた作品「『必然性のある偶然の音楽』のためのプリペアード・レコード」があります。従来の演奏法を拡張させたレコードのオブジェによる音楽であるという点で両者には関連性があり、外見上は似たものに捉えられるかもしれません。しかし、レコードをオブジェとしてもちいる動機や方法、そこから生まれる音楽はそれぞれ異なります。アクチュアルな行動としての破壊と融合によって覚醒を促す二ザックと「必然性のある偶然」を志向する富田。富田のライブは異なる音楽性の違いに耳を傾け、それぞれの本質に近づく良い機会となるでしょう。



公演情報リンクはこちらです→ http://asl-report.blogspot.com/2014/04/blog-post_13.html 


サウンズ・オブ。マグネティカ名義で制作した「必然性のある偶然の音楽のための『プリペアード・レコード #1~3』」(1995) 

ミラン・ニザック公演での私の演目:

『サウンドシステムに組み込んだオート禅 (音禅) の装置による演奏から「必然性のある偶然の音楽のためのプリペアード・レコード」への展開』に於いて使用したレコード。


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YANN TOMITA “MUSIC FOR LIVING SOUND” (1998) 所収より

YIN & YANG TOMITA ”PREPARED RECORD #9 FOR INEVITABLE CHANCE” (1995)


YIN & YANG TOMITA 名義での作品。創作の日々の中である時思いたって制作したものです。身の回りにあるレコード3枚を直感で選び、プリペアードして録音しました。悩んだり迷ったりすることなく全工程30分ほどで完了です。当時44歳でしたが、これは44年かけて創った作品と思っております。

 

LP レコードに収録されている収録時間は通常15~20分前後です。ここでの演奏時間は6分40秒です。これはプリペアードしたレコードの断片(接合部分)で針飛びが起こるため、本来再生されるはずの溝にレコード針が飛び越えてゆくからです。接合部分は接着剤を使用しません。接着し固定することによって表現が限定されてしまうからです。接合には再生面の裏側をテープ止めしてあるだけです。テープを剥がせば別のレコードの断片と組み合わせることも自在にできます。表現に更なる可能性が生まれるのです。



○ ご注意ください。

プリペアード・レコードは、同じように再生できない1回だけの特別な演奏です。

ここに置いたこの音源を本当に聴いてみたいと思うなら、注意深く集中して耳を傾けることをお奨めします。そう出来ない場合は聴かないで下さい。興味本位に接することはご遠慮ください。1回限りの特別な音楽体験です。

もしも聴くことを選ぶなら、この音楽体験によって確実にあなたは聴く前のあなたでなくなるでしょう。

これを「意識の拡大」といいます。


下記はそのためのガイドになります。ガイドに添うことで素晴らしい音楽体験となるはずです。

勇気を持って気持ちを固めること。 深夜に一人で聴くこと、これは必ず守ってください。

演奏の開始直後は混乱し動悸が高なりますが大丈夫です。すぐに気持ちよくなります。

素晴らしい音楽体験となりますように。


 Please note

A prepared record is a special one-time performance that cannot be played in the same way.

If you really want to listen to this sound source that I have placed here, I recommend that you listen carefully and intently. If you cannot, please do not listen to it. This is a one-time special musical experience.

It is a one-time special musical experience, and if you choose to listen to it, this musical experience will certainly make you less of who you were before you listened. This is called "expanding consciousness".


The following is a guide to help you do this. If you follow the guide, you will have a wonderful musical experience.

Be brave and firm in your feelings. Listen to the music alone late at night, and be sure to observe this.

Immediately after the performance, there will be chaos and palpitations, but don't worry. You will soon feel better.

I wish you a wonderful musical experience.


(Please read the warning before you click. Curious viewing is dangerous.)

(クリックする前に注意書きをお読みください。興味本位な視聴は危険です。)


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YANN TOMITA : NEW ART FORM OF RECORD / SPACEMEN - SECRET OF FLYING SAUCER (1995) 

レコードの新たなアートフォーム。1995年制作のSPACEMAN ムービーは、アルバム”MUSIC FOR LIVING SOUND” (CD x 3 + CD-ROM) CD-ROM 所収。



1995年制作のアート・レコード及びビデオ作品です。ケースは家にあった外国から送られてきたダンボールケースを裁断して、そこに英字新聞の切り抜き文字をコラージュしました。ビデオの制作では、当時発売されたばかりのデジタル・ビデオ・カメラ第1号機となる、SONY DCR-VX1000 を購入して撮影しました。今では、撮影、編集、出演と一人で簡単に出来ますが、これはそうした制作スタイルを確立する第一歩となったカメラです。毎日いろんなものを撮りまくっては編集してビデオ作品を作ってました。その集成が拙作 “MUSIC FOR LIVING SOUND” CD-ROM になります。



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https://asl-report.blogspot.com/2021/09/spacewar.html


1960年代は、カウンター・カルチャーの出現が欧米や日本でも起こり、アメリカでは国の至るところで芸術的なコミュニティーや音楽の機関が、その出現に大きく影響された。それは特にサンフランシスコにおいて最も強く現れ、民間の音楽期間であるサンフランシスコ・テープ・ミュージック・センター(San Francisco Tape Music Center:1961~66) は、それまでの音楽文化に対する対抗文化としてセンターを定義し自らを位置ずけた。センターは、モートン・スボトニック (Morton Subotnick/1933-) とラモン・センダー (Ramon Sender/1934~) によって共同設立され、マンスリー・コンサートの企画や電子音楽の制作が可能なスタジオを運営した。ポーリン・オリヴェロス (Pauline Oliveros/1932-2016) とアンソニー・マーティン( Anthony Martin/) がディレクターを務め、スタジオの電子機材はドン・ブックラ (Don Buchla/1937-2016) によって制作された。このセンターの利用者にはテリー・ライリーをはじめ海外からもフォルケ・ラーベ他の音楽家が接触をもった。センターは66年、共同設立者ラモン・センダーの脱退に伴いミルズ大学へ移行しミルズ・テープ・センターとなった。その後、現代音楽センター(CCM=Center for Contemporary Music) として発展的に統合され、音楽の研究期間の主要なセンターの1つとして国際的な評価を達成した。しかし一方で設立当初の、ストリート性をも実現していた真に革新的な姿勢は崩れ、アカデミズムの世界へ後退したともいえる。ラモン・センダーは、66年1月に開催された「トリップ・フェスティバル」の主催者となりセンターを離れた。

(ヤン富田『ビート禅アーカイブ』2004 より転載。)


Ken Kesey - The Acid Test   Sound City    LP   1966  US

Ken Kesey - Can You Pass The Acid Test?  Vol.1   Intrepid Trips  CDr   1999

Ken Kesey - Acid Test Vol.2 San Francisco State 10/1/66  Intrepid Trips CDr 2000


ケン・キージー(1935-2001) は1962年発表の処女作「カッコーの巣の上で」によって作家としての名声を得た。それは60年に行われた、LSD投与による人体実験の被験者として働いた経験から描かれたものだった。キージーは、その本の印税によってサンフランシスコの南、ラ・ホンダに土地を購入しコミューンを形成した。大学教授やヘルス・エンジェルスといった様々な人達が訪れ、その仲間を中心にメリー・プランクスターズを結成した。64年にはニューヨークで開催される万国博覧会の見物も兼ね、スクール・バスを購入し、それを音響設備とペイントでサイケデリック・バスに仕立てアメリカ大陸横断の旅に出た。運転手をしたのは、ジャック・ケルアックの小説『路上にて』において主人公のモデルとなった、ニール・キャサディ(Neal Cassady/1926-1968) だった。このバスの旅は、後にビートルズの「マジカル・ミステリー・ツアー」(1967) のアイデアの基となった。処女作「カッコーの巣の上で」は75年、ジャック・ニコルソン主演で映画化されアカデミー賞5部門を受賞した。アシッド・テストは、ケン・キージーによって65年に始められたLSD体験パーティーで、会場の入り口には「君はアシッド・テストにパスしたか?」と書かれていた。ニューヨークのティモシー・リアリー(Timothy Leary/1920-1996) は『チベットの死者の書』をバイブルとし儀式性をもっていたが、キージーとプランクスターズはSF的未来志向をもち、先端的なエレクトロニクスを導入し、演奏、ライト・ショー、ストロボ、映像、隠しマイクからの音声、テープ・ループ等々を用いたパーティーといった趣のものであった。アシッド・テストは評判を呼び規模は拡大された。(『ビート禅アーカイブ』2004 より転載。)


Key-Z Productions presents THE ACID TEST “Directors Cut”  VHS (Mid 90’s)

Ken Kesey - Intrepid Traveller And His Merry Band Of Pranksters Look For A Kool Place ―Episode One/Journey To The East  VHS (Mid.90’s)

1964年のアメリカ大陸横断バス・ツアーの記録映像集。右側のケースは印刷でなくキージー署名入りのサイケデリック・アートによる VHSのケース。


『クール・クールLSD交感テスト』トム・ウルフ著 飯田隆昭 訳 太陽社 1971

米国でベストセラーを記録したケン・キージーとメリー・プランクスターズのドキュメンタリー


50TH Anniversary ov LSD   Source Records 04  LP  1994  Germany

化学薬剤LSD-25 生誕50周年記念レコード。2018年には75周年記念盤も発売された。


1965年のアシッド・テストでケン・キージーと出会ったジェリー・ガルシア(Jerry Garcia/1942-1995) は、以降キージーのコミューン・バンドのメンバーとなった。ガルシアは65年に初めてLSD を体験し、それまでワーロックスとして活動していたバンド名をグレートフル・デッドと改名、同時に音楽性をも変化させた。そこにサイケデリック・ロックあるいはアシッド・ロックの誕生をみるが、電子音楽とサイケデリックとの出会いはそれよりも早い時期にあった。64年のサイケデリック・バスに取り付けられた音響設備はドン・ブックラによって制作されており、また当時の記録映像にはキージー他数名が数台のテープ・レコーダーを使ってテープ・コラージュをするシーンが確認できた。キージーは早くからサンフランシスコ・テープ・ミュージック・センターを利用していたと推察される。2000年に販売された[Acid Trip Vol.2] には、それまで未発表だった1966年1月のメリー・プランクスターズのライブ音源とアシッド・テスト用に制作されたと思われる20分程のテープ作品 "Musical Interlude~Space Flight~Space Jam" が収録されていた。これは心拍音のテープ・ループ上に様々な音源を配したもので、サイケデリックと電子音楽の関係を示す実例として、また当時の様子を窺い知る上でも貴重な記録といえる。知覚の旅をテーマにしたと想像できる内容で、ミックスされる音源は、サーフ・インストによる宇宙サウンドからラ・モンテ・ヤングのルーツに当たる北インドの古典音楽にわたり、その間を電子音、環境音、アヴァンギャルドなピアノ演奏等が埋めるといった構成となっている。(ビート禅アーカイブ』2004 より転載。)


アシッド・テスト用に使用されたレコード

J.B.Barlow & W.A.Pocock- Auscultation Of The Heart   London5873W  LP  1962  US


『心臓の聴診』と題された、様々なパターンの心拍音とその際の身体の状態を解説した学習研究レコード。




The Trips Festival Movie   DVD   2007  US

拡張シネマ、実験映像作家のベン・ヴァン・ミーター(Ben Van Meter/1941-)監督によるトリップ・フェスティバルのドキュメント映像から8分程が収録されたDVD。当時の参加者の40年後の座談会中心の内容。


Rebirth Of A Nation : Ex-Spirit-Mental Cinema Of The Sixties By Ben Vanmeter ©1964/2008  DVD  ベン・ヴァン・ミーター監督の60年代に制作した作品集。短編を含む全9作品収録。トリップ・フェスティバルからは「アシッド・マントラ/Acid Mantra」所収。これには50分間にわたる会場からの映像および音響にはブックラ100システムのシークエンスが流れ続ける。DVDは流通には乗せず短期間本人から直接購入する販売方法だった。


1966年、歴史的な一大イベントとなった「トリップ・フェスティバル」がサンフランシスコのロングショア・メンズ・ホールで1月21~23日の3日間にわたって開催された。これは数千人を動員した驚異的な催しとなった。フェスティバルの主催者は、(ケン・キージーの他に)メリー・ブランクスターズの一員、スチュワート・ブランドとサンフランシスコ・テープ・ミュージック・センターのラモン・センダーだった。音響とライト・ショーはドン・ブックラが担当した。出演者は、ケン・キージーとメリープランクスターズ、ヘンリー・ジェイコブス、ポーリン・オリヴェロス、グレートフル・デッド、ビッグ・ブラザー&ホールディング・カンパニー、ルー・ハリソン他の音楽家およびロック・バンド、IBMによるライト・マトリックスのゴードン・アシュビー、アンダーグランド映画作家ブルース・コナー(イラスト)、その他、ホピ族のネイティブ・アメリカン、アン・ハルプリン舞踏団、中国ライオン舞踏団等、他多数の芸術家、デザイナーを含む多彩な面々によって編成された。それは先端的なエレクトロニクスと科学、ビートからヒッピーへと受け継がれたプリミティブな価値観、それら両極が交錯した一大フェスティバルとなった。

(ヤン富田『ビート禅アーカイブ』2004 より転載。)


書籍:Analog Days - Trevor Pinch and Frank Trocco   Harvard University Press  2002より

画像左:トリップ・フェスティバルをラモン・センダーと主催した、スチュワート・ブランド。この後 ”WHOLE EARTH CATALOG”  を出版する。  右:ドン・ブックラ、奥に見える機材は BUCHLA 100システム。


Analog Days - Trevor Pinch and Frank Trocco   Harvard University Press  2002より


Columbia-Princeton University Electronic Music Studio in New York, 1996



















画像はヤン富田、1996年 コロンビア/プリンストン大学電子音楽スタジオ内に於けるショット。対面する赤のモジュール (Red Panel) は、1960年代中期、塗料に化学薬剤 LSD を含ませた伝説のBuchlaモジュール。当時、創造のためのインスピレーションを得るために奏者はそれを舐めながら演奏しました。1973年に開発された BUCHLA MUSIC EASEL のマニュアル・タイトル"Programing and Meta-Programing The Electro Organism” は、脳科学者 ジョン・C・リリー(John Cunningham Lilly/1915-2001) の著作 “Programming and Metaprogramming in the Human Biocomputer” (邦題:「バイオコンピューターとLSD」)に由来します。ジョン・C・リリー は最初期のAcid研究者で、LSDが非合法になった後も、米国政府にAcid研究を続けることを許された数少ない科学者の一人でした。



画像は2008年納品直後の私の Buchla 200e Systemです。2007年春の納期が、222eモジュールの設計変更やデジタル・オシレーター259eのバグ調整の不備による発売中止などで11ヶ月遅れました。納品直前にはケースの木枠の木材をシマウマ模様のゼブラ・ウッドに特注したことから更に2ヶ月かかりました。先端技術が盛り込まれたカリフォルニアの最新デジアナ・システムに、西アフリカの熱帯雨林を原産地とする木材が組み込まれて、プリミティブと先端技術が交錯して良いなと思ったのです。


Don Buchla の最終モデルとなった200eシステムは、2005年にバグ込みで販売開始されました。 購入者は200eユーザーグループ (当時20~30人だった)に入ってバグを報告し、ブックラさん以下スタッフが誠心誠意事に当たるという仕組みでした。当時は息子のエズラ (Ezra Buchla/1981-) もスタッフに居て、とても冴えた対応で、何度も何度もモジュールが海を渡って行ったり来たりしました。注文して届いての2年間というものは、禅の修行のような日々でした。

Compression Of The Chest Cavity Miracle - Gubbish  Dolor Del Estamago Cdr

Compression Of The Chest Cavity Miracle - Fleetingly Improvised Persons  Dolor Del Estamago

Ezra Buchla - Untitled  Deathbomb Arc DBA89  Cassett  2008  US

ドン・ブックラの息子エズラと、サージ・モジュラー・システムの開発者サージ・チェレプニン(Serge Tcherepnin/1941-) の息子ステファン(Stefan Tcherepnin/1977-) は、一時期グループを一緒に組んでバンド活動をしていました。音源は残していないようです。画像の作品はエズラのソロ・プロジェクトです。200eシステムの音の断片が調性を超えて炸裂し、ブックラの使い手本来の言わばカリフォルニア・スタイルとでも言えそうな演奏です。これは厳密にはノイズとは一線を画すものと考えています。このスタイルのことをいつか紹介します。ちなみにブックラの下で働いていたスザンヌ・シアニ(Suzanne Ciani/1946-)の音楽はこの例に属しません。

スザンヌ・シアニはブックラのもとを離れ、70年代中期にはシンセのオペレーターとしてスタジオ・ミュージシャンをしていました。ピンボール・ゲームのサウンド・プログラムや、瓶の蓋をスポンと抜いてドクドクと泡が飛ぶサウンドをBuchla 200で制作していました。そのコーラのCMは評判を呼び評価を得ることとなりました。

Don Buchla (1937- 2016)  70年代中期のポートレイト

カリフォルニア大学バークレイ校で宇宙生物学を学び、卒業後NASAやFBIで働き、1963年 Buchla100モジュラー・システムを制作しました。時を同じく東海岸ではモーグ・シンセサイザーが開発されて、モーグは鍵盤楽器でしたが、ブックラには鍵盤がなく、調性にとらわれない自由で広大な音楽領域を目指す楽器でした。

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DOOPEES 1995:SUZI KIM   SON TOMITA   CAROLINE KNOVAC   KENSUKE SHIINA / スージー、私の息子、キャロライン、椎名くん      

DOOPEES 2023:これはハワイのシンガー、サム・カプーの1971年ハワイでの大ヒット曲。


コロナ禍になり始めた頃の2018年、親戚一同でハワイで正月を迎えました。そこで初めて息子と一緒にレコード屋さんに行きました。DJご用達と言われるお店です。私は小学生の頃から目的意識を持ってレコード屋さんに行っていて、レコードで聴く音楽が私の師でもあります。それから半世紀以上の月日が経ち、今はネットで買い物するばかりです。

店内でのレコード探しは10数年ぶり?な感じでなかなか感じがつかめません。息子は学生時代にはレコードに興味を示さなかったのに、お勤めしだしてからレコード屋さんに行くようになったようです。なんでも仕事上の現場の責任者が大のレコード好きで、学生時代はライムスターのDJをしていたとのことでした。


それで初めて一緒にハワイでレコード漁りをするのですが、以前はレコードの方から訴えかけてくる感じがすると、それは購入していました。今はそんな境地にはなれませんが、それでも見ていたら70年代の後半に、レンタカーで島中のレコード屋さんを回っても出会わなかったレコードが出てきました。それは当時からレア盤でも入手困難なものでもありませんでしたが、何故か出会いませんでした。当時ハワイに行くとラジオ局ALOHA KCCNを録音しながらかけっぱなしにして、琴線に触れた曲をメモしていました。そんなリストの中のレコードです。暫し懐かしさと驚きが入り混じり、それで今度は本気を出して見て回ると、不思議とそのレコードだけが4枚出てきました。それもステレオ、モノラル、ジャケ違いの再発盤、それにサイン入りです。全部購入して他に欲しいものはありませんでした。そうか、これはレコードの神様がこの日のためにとって置いてくれたプレゼントなんだと思い嬉しくなりました。それで息子にこれいいぞと言って1枚分けました。




今ではDISCOGS で検索すればすぐに出てきますが、そんな時代ではなくて、呑気なレコード探しは本当に楽しかったのです。60年代の後半になると、道玄坂にある日本楽器渋谷店の輸入盤売り場を覗き始めました。近くの百軒店の奥に「ブラック・ホーク」というジャズ喫茶があって、時代の流れを反映してか昼間はロックタイムになりました。高校生でしたが足繁く通っていました。しばらくして数件先にBYG というロック喫茶ができて風都市というハッピーエンドの事務所もできました。新宿に出ると風月堂があり、当時はそんな感じでした。その頃の輸入盤を扱うお店といえば東京では銀座のマルミヤ?だったか名前失念、それに上野の蓄晃堂、そこには飯田充さんがいらして、この方は後に原宿メロディーハウスのバイヤーとなりました。70年代になるといくつも輸入盤専門店が開店しだして、私もその頃には個人輸入を始めたりしました。


BLACK HAWK に通っていた私はそんなわけで、60年代後半から日本楽器渋谷店にはよく行ってました。店員さんと会話は交わしませんでしたが、その中に後に渋谷警察署の裏にあるマンションの1室で、マンハッタン・レコードを開業する故平川さんがいました。私とは同世代で面白い人でした。下北沢のフラッシュ・ディスク・ランチの椿さんがレコード買い付けで、アメリカの片田舎の辺鄙なところにレコードがあるという情報をキャッチしていってみると、必ず先人が居て、以前日本人がきたことがあるといわれたそうです。それが平川さんでした。平川さんはレコードの現地買い付けの先駆者でした。

椿さんといえば、私の息子がそのレコード好きのAさんに連れられてフラッシュ・ディスク・ランチに行ったさい、椿さんに、「彼はヤンさんの息子さん」と紹介され、椿さんは「お父さんは、よく知らないよくわからないレコードを1枚箱に入れておくと、必ずそのレコードをスッと抜いていくお客さんがお父さんでした」といってくれて息子にはすっごくカッコがつきました!椿さんこの場を借りてお礼申し上げます。アハハ


Aさんが、あるテレビ番組のフロアー・ディレクターをやっていた頃、制作会社に入ったばかりの息子は、その番組のAD (アシスタント・ディレクター) として仕事に就いていました。私も経験があるのですが、私は大学卒業後大手CM制作会社に就職したのです。2週間で辞めたのですが、この業界は誰でも最初AD をやらされます。当時は映画産業に翳りがあり、映画業界からの人材がテレビやCMの現場へと流れ込んでいました。ほとんど軍隊のような規律で仕事がすすむ映像の世界で、AD は雑巾同様の扱いです。だから息子がAD してると聞いてちょっと心配してました。それで息子に「どうなの?最近は」って訊いてみたら、「この間、収録が終わってからAさんに声かけられて、(普通ならDはAD に優しく声なんかかけない)」「富田くんのお父さんて音楽家なんだって、、富田勲さん?」違いますと応たら、「ひょっとしてヤン富田さん」そうですと言ったら、そのあと敬語になってさ、サイン頼まれた。 ということがあり、私はAさんとは当時仕事はご一緒してなかったけれど、宮ちゃん (DUB MASTER X) に訊いたら、存じ上げていて、DJ時代仕事も一緒にしたらしく、完ちゃんや千葉くんやロボくんといったA.S.L.クルーの皆さんもAさんを存じ上げていました。それで宮ちゃんに、当時イジメないでよかったねと言ったら、「そうす、もしオレがいじめてたら、今頃息子さん苛められていますよ」、、そういえば、Aさんが「宮崎さんには親切にしていただいて」って言ってたよ。


その後、息子はAさんにはよく面倒を見てもらい、昨年の春 (上記の動画「ちょっと待ってください」収録の週末) 神戸で挙げた結婚式にも出席していただきました。式の後、宿泊したホテルで初めてゆっくりとお話ししました。




画像は、結婚式の引き出物から、私の創作術『必然性のある偶然』はここでも起こっています。息子のお嫁さんも同姓なのです。
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A.S.L.リポート:M.A.C.C. #2 (2018.12.01.02 開催) に於いて、参加者に配布されたマルティプル、A4、200部、サイン、ナンバー


スニーカー選びをしてた時、夕飯にでた唐揚げの中にスニーカーを発見。私の音楽術の一つ「必然性のある偶然」はあらゆる空間の中で起こってる。



翌日の和風パスタに出た海苔の欠片、この時期、作曲よりもスニーカーに熱中してると、このような発見が起こる。アハハ
ASLリポート:M.A.C.C. #2より

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