2022年1月12日水曜日

ヤン富田:月着陸船と禅 / LUNAR LANDER & ZEN

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YANN TOMITA : LUNA LANDER & ZEN

ヤン富田:月着陸船と禅

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 ブルーノート東京に於いて開催されたヤン富田 : A.S.L. REPORT - SPACEWAR ! (9.24.2021 ) に於けるライブ動画です。また以下の音源、書籍、他は、さまざまな異なる観点から、このリポートにかかわっている。

This is the The Video Work of the Presentation of Yann Tomita “A.S.L. REPORT - SPACEWAR !“ at Blue Note Tokyo on 9.24.2021.   In addition, the following books, sound sources and others relate to this report from various different perspectives.


LUNAR LANDER & ZEN - 月着陸船と禅

M.C. BOO - Lunar Lander Operator / 月着陸船操縦士

PARUO - Detective Force / パルオ - 偵察部隊員

SHUJI KANAO  - Head of Satellite Center / 金尾修治 - 衛星センター

YANN TOMITA - Mother Ship Commander / ヤン富田 - 指揮

演奏では以下の公案を電子変調しました。


禅には教えるべきものは何もないのだから、

禅に師匠と言えるものはない。

禅の体得者は古来より常に弟子になりたいという者を拒否してきた。

ところが禅には流派があり組織化され体系化されている。

それは禅が本来持っていた姿勢とは違うのではないか?

講座 禅 第七巻 禅の古典ー日本 鈴木大拙:監修 西谷啓治:編集 筑摩書房  1974

アラン・ワッツ『ビート禅とスクェア禅と禅』 所収。


禅をZENとして初めて米国に紹介した釈 宗演 (1860-1919/しゃくそうえん/鎌倉・円覚寺、建長寺管長その後東慶寺住持) は、渡米に際して英語教師だった鈴木大拙 (1870-1966) を通訳として同行させた。そのことが転機となった大拙は、後に仏教学者となり、禅を世界に広めることとなった。



講座 禅 第七卷  アラン・ワッツ「ビート禅とスクェア禅と禅」以下その覚書より一部転載。

 

 この論文は、最初シカゴ・レヴュー誌の一九五八年夏の号に発表された。その後、サンフランシスコのシティー・ライツ・ブックス社より、パンフレットとして刊行されたが、それには多少の増補がなされた。それはこの論文が、西洋芸術に対する禅の影響を論ずるのに恰好の場所であるように思われたからであり、また当初の論文は、ケロワックの『法の放浪者たち』(原題『達磨の放浪者』改題『禅ヒッピー』)が出版される以前に発表されたからである。今ここに発表するものには、さらにある程度の増補と改訂が加えられている。


 私はこの論文を最初に書いた時、「ビート禅」と「スクェア禅」に関する私自身の立場を、完全に明らかにしたと考えていた。私は「ビート」の立場からものを言っているのではなかったから、「スクェア」という語をあざけりの気持ちをこめて使っていたのでないことは、いうまでもなく明白なことであった。しかしながら、一九五八年のネイション誌十月号にステファン・マホニーの論文「禅の流行」が発表された結果、さながら私が「スクェア禅」の代弁者であるかのような印象が拡まってきている。「スクェア禅」という言葉で、私は、日本の伝統的な、一般に認められている禅の流派であり、かつ多くの西洋人がその流れに属している臨済禅と曹洞禅をさしていた。しかし私は、臨済にも曹洞にも属していないし、また如何なる資格においてもそれらを代表する者ではない。それは、私がそれら両者を尊重しないからでも、またそれらと反目しているからでもなく、私の気質としてこの種の事柄に好んで加わる気持ちを持合わせていないからである。私は自ら禅仏教徒であると称することさえしない。なぜなら、禅について私が個人的に関心を抱いている側面は、およそ組織化したり、教えたり、伝達したり、認可したり、あるいは如何なる体系の内にも包みこんだりすることの不可能な側面であるから。それは、すべての人々が命名で見出すべきものであるから、それを習うということさえできない。(『ビート禅とスクェア禅と禅』 アラン・ワッツ、覚え書より一部転載)


過去の禅関連のレポートは下記のリンクになります。

http://asl-report.blogspot.com/2014/12/blog-post.html 

http://asl-report.blogspot.com/2014/12/1222.html


アラン・ワッツ『心理療法 東と西』 アラン・ワッツ 著 滝野功 訳  誠信書房 1985

Alan Watts  “Psychotherapy East and West”  Pantheon Books  1961


アラン・ワッツは1915年イギリスで生まれ、19歳で “The Spirit Of Zen” (禅の精神) を上梓。38年にはアメリカに移住し他界した73年までに25冊を超える著作を残した。61年出版の「Psychotherpy East And West」は、日本では「心理療法 東と西」として85年に出版された。他に全訳として、「タブーの書」竹淵智子 訳、めるくまーる、(1991/米国では1966年刊行)がある。またワッツ、アンドレ・マルティネ(言語学者)、ロラン・バルト(思想家)他、全6名によるインタビュー集「現代との対話 第3卷」エクスプレス誌編 1978) 、そして「ビート禅とスクェア禅と禅」がある。ワッツの息子マーク・ワッツが、東洋武術の映画スター、ブルース・リーについて書かれた「ブルース・リー・ノーツ・内なる戦士をめぐる哲学断章」(ジョン・リトル編著、中村頼永監修、福昌堂) に序文を寄せている。これはブルースがワッツのラジオ番組「イースト・ウエスト」の熱心なリスナーで、当時彼の主催する武道、ジークンドーの門弟にもその放送を聞かせていたという。その序文には、「私の父の作品がブルースの人生に重要な影響を与え、タオ(道)が彼の技術の中核をなしていることがはっきりわかります」と記された。 (*=ヤン富田・著「ビート禅アーカイブ」2004 より転載)


RE-ENTER THE DRAGON  

A BLACK BELT GRAFFITTI Bruce Lee By LIL’ Dragons Of Sound And Vision 

Victor SPEEDSTAR VICL 61451~2  2xCD  Enhanced/Compilation Box Set   2004  Japan

   

ブルース・リーを偲んで制作されたブルース・リー・トリビュート盤。国内外から30以上のアーティストが参加し、楽曲それぞれにアーティストによるジャケット・デザインがボックスセットに添付された。

ここでは、ヤン富田と彼のドゥーピーズ 名義での参加。楽曲タイトル「心理療法 東と西」/ “PSYCHOTHERAPY EAST & WEST” 」は、アラン・ワッツの書籍からの引用。ブルースは、ワッツの東洋の教えに大きな影響を受け、彼が主宰する武道ジークンドーの門弟にワッツの教えを唱えていたという。


「禅ヒッピー」(原題『達磨の放浪者』) ジャック・ケルアック著 小原広忠 訳 太陽社 太陽選書 22  1972

  FOREVER YANN MUSIC MEME 3   ASL-RS 003  CD   2006  JAPAN 


「DOOPEE TIME」 のアルバム収録曲「LOVE SONGS (Love Is A Many Lazer Bladed Thing)」 を
「心理療法 東と西」の続編として再録。見開きジャケットのイラストにある瞑想バージョンとした。 

Alan Watts - Haiku   MEA LP1001  1959   US


哲学者アラン・ワッツ(1915-1973) は、作家、テレビ・キャスター、ラジオ・パーソナリティー、と多才な面を持ち、彼は哲学的エンターティナーとも称された。ワッツは1950年代から60年代におけるアメリカの禅のブームを形成した1人で、東洋の精神、文化、哲学を伝えたが、それは日本の伝統、作法をそのまま伝えたのではなく独自の形によるものだった。ルーツを辿るとアメリカの禅は、鈴木大拙、ジャック・ケルアック、ゲーリー・スナイダーといった当時のブームを形成した者の中でもとりわけワッツによるところが多いといわれる程、彼は当時の若者に影響力を持った。その要因の1つに、ラジオ局KPFA によるレギュラー番組の放送があった。

 ラジオ局 KPFA はバークレーにあり、アメリカ西海岸を網羅したラジオ・キーステーション、パシフィカの5つの放送局のうちで最初に開局(1949) されたものだった。この局は、第2時世界大戦に対する平和運動・ピースムーブメント(現在では忘れられている第2時大戦前後のアメリカであった平和運動)から、40年代後半に組織されたメンバーによって創設されていた。KPFA はアメリカでは最初の試みとなる、リスナーの受信料で運営する市民放送局的な方式をとったため、特定のスポンサーを持たないことによる独自なプログラムが編成できた。それはサンフランシスコの政治的、文化的土壌を形成する上で大きな影響力を持つこととなった。ワッツは、KPFA でレギュラー番組「イースト・ウエスト」を担当。この番組は53年から他界した73年まで続けられ、ディレクターを務めたのはヘンリー・ジェイコブスだった。ワッツは放送で東洋の哲学、精神に関する様々な考え方を紹介し、述べ300以上の講話を主体に詩、俳句といったものも含まれた。これは、カリフォルニアを中心としたビートからヒッピーの、そして 70年代以降のニューエージに至る精神的潮流の源泉となったと思われる。

 58年発表の「俳句」は、アラン・ワッツのデビュー・アルバムで、A面は、ワッツによる禅と俳句についての講話、B面は俳句を日本語と英語によって交互に朗読するといった内容で構成された。日本の古典音楽をロバート・デルガドが担当し、ディレクターにヘンリー・ジェイコブス、日本語朗読には、ジェイコブスの妻スミレ・ジェイコブスが担当した。スミレは長谷川三郎の娘で、スミレをジェイコブスに紹介したのはワッツだった。以降ジェイコブスはワッツと行動を共にした。

 発売当初は、自筆による手書きジャケットとダークレッドのカラー・レコードで発売され、その後は印刷となった。(*)



Alan Watts - Zen & Senryu   MEA LP1002  1959   US


ワッツの2作目にあたるレコード。構成、スタッフ共に1作目の「俳句」と同様。B面 川柳の朗読テキストは、R.H. Blyth (1898-1964) の訳本からとされている。レジナルド・ホーレス・ブライスは、第2時大戦後、欧米で俳句を紹介し、戦後の西洋俳句の基礎を固めた人として知られ、日本では終戦直後の昭和天皇による「人間宣言」の草稿を書き、また現在の天皇の家庭教師を20年間にわたって務めた人でもあった。1954年には東京大学から俳句の研究によって博士号を授与された。(*)



Alan Watts - This Is It   MEA LP 1007   1962   US


ビートからヒッピーと時代は変遷し、ワッツは禅による自己の知覚への探求、そしてサイケデリックから東洋の瞑想へと受け継がれた知覚の体験の先導者として常にシーンを体現した。LSD 体験によって制作されたレコードは、1965~66年にかけて集中的に発表されたが、62年の「This Is It」は、そうしたサイケデリック・アルバムのなかで世界で最初にリリースされたものだった。参加メンバーはワッツの仲間による5名で、ロジャー・ソマーズ(ドラム)、リー・アナンダ(コンガ、同時期サン・ラ・アーケストラへのアルバム参加がある)、ジョエル・アンドリュウス(ヴォイス)、ヘンリー・ジェイコブス(ピアノ、フレンチホルン)、ウイリアム・ラフボロ(ベース・マリンバ)、そしてアラン・ワッツ(呪文)によって編成された。それは前もって準備された音楽ではなく、自発的な即興を意図したものであった。結果として他に類をみない作品となった。

(*=ヤン富田・著「ビート禅アーカイブ」2004年より転載


James Broughton & Joel Andrews - The Bard & The Harper    Gleeman - MEA LP 1013


サンフランシスコ出身のジェームス・ブロートン(1913-99) は、アンダーグランド映画の製作者、詩人及び脚本家として1940年代後半から活動を始めていた。彼が72年に制作した映画「ドリームウッド」は、現代に生きる主人公が魔法の島で体験する神秘的な精神の旅を描いたものだった。音楽はサンフランシスコ・テープ・ミュージック・センターの設立者の1人、モートン・スボトニックが担当した。サウンドトラックはブックラ・シンセによる電子音楽となった。ブロートンは75年には禅の世界をビジュアル化した作品「ハイ・ククス」を制作し、また詩人として65年にはアラン・ワッツのレコードを発売していたMEAより朗読アルバムを発表した。これはジョエル・アンドリュウスとの共演作だった。(*)


アラン・ワッツの「This Is It」に参加し野生的な音声を発していたジョエル・アンドリュウス(1928-) は、本来はクラシック音楽のハープ奏者だった。1965年には、ジェームス・ブロートンの朗読とアンドリュウスのハープによる作品集を発表した。66年からはハープの演奏によって心理状態をコントロールする研究を始めた。70年代にはエスリン研究所、他でワークショップを開催し、それは現在まで続けられており、アメリカにおける音楽療法師のパイオニアの1人となった。その間、2500以上の治療用のテープを制作し、その中には、瞑想、自然分娩、心的マッサージ、といったものも含まれていた。(*)


The Order Of Orpheus   Om Source  7083N14   LP   1977   US

「オーダー・オブ・オルフェウス」は、アンドリュウスのハープ他、3人の奏者による演奏集。シタール、ギター、フルート、パーカッションを持ち替えての編成。即興による深遠な音楽。


Alma Nelson - Yoga With Alma Nelson   Jade Record Co. 1001   LP   US

米国における1950~60年代に広まった東洋の影響は、身体に良いとされることは取り入れるという米国人の合理的な精神と相まって、ヨガに対する興味などを通して急速に広まった。現在では健康法として一般化され、インストラクションのDVD だけでも100数十種を数える。このアルバムは米国人スタッフによって制作されたヨガのレコードとしては初期のもので、インストラクション・レコードとしての体裁をもつが、ナレーションとヴォーカル、それにアコースティック・ギター、ディレイ効果、テープの逆回転、鳥、波、ヨガ呼吸法のサウンド等によって構成されたサイケデリック・アルバムとなっている。(*


Gene Estribou / Jean Paul Pickens - Intensifications    Scorpio CL-1  LP   1965  US 


サイケデリックなフォーク・ミュージックの最初期にあたるアルバム。アラン・ワッツのアルバムをリリースしていたMEAレーベルより発売された。ジーン・エストリボーのギターとジョン・ポール・ピッケンズのバンジョーが片面ずつ振り分けて収録された。エストリボーは、後にグレートフル・デッド(1965-95) の1966年発表のデビュー・シングル「スコーピオ・セッションズ」でプロデュースとエンジニアを担当した。ピッケンズはヘイトアシュベリー地区で最初に組織されたヒッピー団体、ディッガーズに所属した。ディッガーズは運動体として当地に全て無料のショップを構え食料等を与えたが、本来はアンダーグランドの演劇集団として、その前身は59年結成のサンフランシスコ・マイム・トゥループにあった。そこには後にフィルモア・ウエスト及びイーストといった劇場の興行主となり、サイケデリック文化をビジネス化したビル・グラハムがいた。(アシッド・テスト等は、体験パーティとして企画されビジネスを目的としなかった。出演者も参加者も同じ入場料約1ドルを払うだけだった)ゲーリー・スナイダーの禅の話に刺激を受けたマイム・トゥループのメンバーによってディッガーズは結成された。設立メンバーの1人、ピーター・コヨーテはディッガーズ後、禅の世界へ入り、その後作家、俳優となって活躍した。(映画「E.T.」の博士役他、多数)(*


写真集:THE BEAT SCENE BY BURT GLINN より Recording Session in MEA STUDIOS.

奥:ヘンリー・ジェイコブス/HENRY JACOBS    三味線:ロバート・デルガド/ROBERT DELGADO  左:スミレ・ジェイコブス/SUMIRE JACOBS      右:アラン・ワッツ/ALAN WATTS


MEA (Musical Engineering Associates) は、ヘンリー・ジェイコブスの盟友、ウィリアム・ラフボロ/William Loughborough (1926-)が設立したレーベル。ラフボロは、50年代の前半、打楽器奏者としてジャズ・ミュージシャン、チェット・ベイカーとの共演や前衛音楽家ハリー・パーチのための楽器製作、演奏を行った。59年の『ヴォルテックス・コンサート』では電子音楽を作曲。62年にはワッツの歴史的なThis Is It セッションへ参加した。


Shorty Petterstein - The Wide Weird World Of Shorty Petterstein (More Interviews Of Our Time) World Pacific Records WP 1274  1958   US 

Henry Jacobs and Professor Leaf Woodrow - 2 Interviews Of Our Time   

Fantasy EP 4051  7”  1955  US


「コミュニケーションにおける調査研究センター」の所長、ショーティー・ピーターステイン博士による、二つの心的状態におけるコミュニケーションの記録集。(1) 健全な心理的状態におけるコミュニケーション。(2) 神経症的心理状態[観察者には正常で健康に見える] におけるコミュニケーション。この2つの基準は、1932年以来センターの所長として25年間、インタビューによる臨床記録をコンピュータ処理し、そのデータを基としたとされている。これはそれらのインタビューをテープ・コラージュによって構成したアルバムとなっている。しかし実際はピーターステイン博士は実在の人物ではなく、実体はヘンリー・ジェイコブスの創造した架空のキャラクターだ。このアルバムは様々なパロディから構成されたコメディー・アルバムで、ピーターステイン博士のキャラクターは55年にはすでにレコード上に登場し、以降レニー・ブルース他のアルバムで活躍した。レニー・ブルース (1923-64) は、スタンダップ・コメディアンとして、政治、人種問題、麻薬問題等々をブラック・ジョークにして、ビートニクの間で人気を博した。ブルースの代表的なアルバムはヘンリー・ジェイコブスのプロデュースによるものだった。ジェイコブスは他にジャズDJ、ウッドランド・リーファーのキャラクターをもつようだが定かでない。(*


Sounds Of New Music    Folkways Records FX 6160  LP  1957  US

: Alexander Mossolov, Julius Meytuss, John Cage, Edgard Varese, Henry Cowell, Vladimir Ussachevsky, Otto Lutning, Halim El-Dabh, Roger Marin , Frederic Ramsay Jr & Henry Jacobs


Henry Jacobs - Radio Programme No.1 : Henry Jacobs’ “Music & Folklore”  Folkways FP 86-1  LP  1955  US

ヘンリー・ジェイコブスは、ラジオ局KPFA でアラン・ワッツの番組ディレクターを務める以外に『ヘンリー・ジェイコブスの音楽と民族』という番組を制作していた。これは、パリ、インド、アフリカ、カリブほか、様々な国と地域の音楽をテープ・コラージュによって構成するというものだった。プログラムには、ジャズDJ のウッドランド・リーファーやショーティー・ピーターステイン博士によるインタビューも含まれていた。ジェイコブスはマス・コミュニケーションと社会学を学んだことから、ラジオ、テレビ、映画の仕事に携わり、そういった環境の下でテープ・ミュージック、電子音楽を制作していた。彼はアメリカの電子音楽制作者のうちで最も早い時期から一般のリスナーと対峙している1人であった。それはカリフォルニアにおけるテープ・ミュージックのパイオニアともいえた。1957年にはサンフランシスコのモリソン・プラネタリウムで立体映像及び音響による『ヴォルテックス・コンサート』を主催した。これはのちにマルチメディアの先駆けといわれるものとなった 。

 この1955年のアルバムは KPFA での放送の様子を伝えるもので、ギャグを交えた話を中心としながら、カリプソ、アフリカ音楽、インドのラーガ音楽、モダン・ジャズ等々がテープ編集によって構成されている。(*


Highlights Of Vortex   Folkways Records FSS 6301   LP  1959  US

: David Talcott, Henry Jacobs, William Loughborough & Gordon Longfellow


1957年にサンフランシスコのモリソン・プラネタリウムで行われた『ヴォルテックス・コンサート』は、数十のスピーカーとプロジェクター・システムからの立体音響、立体映像による光と音のコンサートだった。それはヘンリー・ジェイコブスによって主宰され、映像はアンダーグランド映画の作家、ジョーダン・ベルソン/Jordan Belson (1926-2011) が担当した。当初音楽は既存のレコードを使用していたが、その後コンサート用に制作されることになった。このアルバムはその際に制作されたもので、ジェイコブス、ラフボロ、他による電子音楽の作品集となった。コンサートは、1回50分の構成で通算62回行われ、58年にはブリュッセルで開催された万国博覧会に於いて公開された。当時日本では、草月アートセンターが日本での開催交渉に当たったといわれ、機材、他の理由で実現できなかったという。その際来日したのは62年10月のジョン・ケージとでデビット・チュードアで、それは草月アートセンターの記念すべき招聘アーティストの第1号となった。(*


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アンダーグランド映画とは、カテゴリーではなく映画製作者の姿勢をさす。またハリウッドの映画哲学とは一線を引く。

電子音楽 (エレクトロニック・ミュージック)とは、電気を使って新しい音楽表現を探求する姿勢を持った音楽のことで、単に電子機材を使った音楽は正確には電気音楽(エレクトリック・ミュージック)という。テープ音楽(テープ・ミュージック)は、主に楽音を音の素材とし、それをテープ速度の変化や逆回転、その他のテクニックを使って素材を変型、加工し編集された音楽をさす。これに近いものとして具体音楽(ミュージック・コンクレート)がある。これはテープ・ミュージックの音素材が楽音中心だったのに対して、こちらは身のまわりのあらゆる音を素材としたという違いがある。結果としてテープ・ミュージックは器楽曲的になったのに対して、ミュージック・コンクレートは音響的となった。電子音楽はドイツ(1951)に、テープ音楽はアメリカ(1952)に、具体音楽はフランス(1948) にそれぞれの起源をもつ。60年代になるとそれぞれの手法が混在されたため、その後は総じて電子音楽という。

ちなみに実験音楽とは、やってみるまで結果のわからない音楽、あるいは論証のための過程の音楽をさす。

(*=ヤン富田・著「ビート禅アーカイブ」2004年より転載


ジェリー・ルイスの「底抜け宇宙旅行」(1960)   TOHO VIDEO  VHS TH0875


米国の俳優、ジェリー・ルイス/Jerry Lewis (1926-2017) 主演のコメディー映画「底抜けシリーズ」は、50年代から80年代初頭にかけて30作近くが製作された。「底抜け宇宙旅行 」は、カウンターカルチャーが芽生えビート族が隆盛した60年の作品。 劇中、黒のタートルネック、あご髭といった典型的なビートニクが集まるカフェ「HUNGRY BRAIN」でのシーンがある。これは、当時サンフランシスコにあったビートが集まるカフェ「HUNGRY I」のパロディー。宇宙からやって来た銀色のスペース・スーツ姿のジェリー・ルイス が、HUNGRY BRAIN に来ると、ビートニクはその服クールだねと、すぐに彼らに受け入れられる。

ビートニクという名称は、冷戦時代のソ連の衛星スプートニクとビート族を絡めたマスコミがつくった造語で、流行としてのビートニクは1961年を境として終息した。しかしカウンターカルチャーの芽生えは、ビートが60年代にはヒッピーへと受け継がれ、70年代にはニューエージへと変遷した。その潮流に通底していたのは東洋思想だった。


画像は、1950年代から60年代中気にかけてサンフランシスコのノースビーチ近くにあったカフェ 「HUNGRY I」 のメニュー。「ハングリー・アイ」はカウンターカルチャーとスタンダップコメディー、フォーク・ミュージックとビートの溜まり場として隆盛した。

左:小山田圭吾  右:田村玄一 装着してるヘルメットは、千葉隆史 制作となる作品。
YANN TOMITA - BEATNIK TO SPACEWAY   LIVE AT BLUE NOTE TOKYO PART 1, 2019.9.11


1.  BEATNIK RAGA : YANN TOMITA - GUITAR & TAMPUURA

2.  YOUR SUMMER DREAM : YANN - GUITAR    GEN TAMURA - PEDAL STEEL GUITAR

3.  WE TRAVEL THE SPACEWAYS : YANN - GUITAR    GEN - PEDAL STEEL GUITAR   

     KEIGO OYAMADA - GUITAR   YUMIKO OHNO & SUZI KIM -VOCALS

4.  SPACEWAYS : YANN - AUTO ZEN & BUCHLA 


画像は クテネテ道場開きに於ける「ビート禅」演奏会舞台美術 (2014)

リンク→ http://asl-report.blogspot.com/2014/03/2014322-23.html 





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(左) Minimalism & Several Moods  Set: CDx7  2001       (右) La Monte Young - Best  Set: CDx8  2000  /

ミニマリズムのコンピレーション。A.S.L. Edition (私家版)


John Lee Hooker, Canned Heat, Chas Smith, Henry Flynt, La Monte Young, James Broughton, Terry Riley, Roots Radics, Nam June Pike, Auscultation Of The Hearts, Marcel Duchamp, Filippo Tommaso Marinetti & Others,,,



同じものを続けて聴くと、同じものは、同じものであるにもかかわらず同じものでなくなるという考え方。それには聴衆がその連続性に対して積極的に参加するという姿勢が必要とされる。前奏、間奏、後奏といった一般的に構成された音楽では、聴衆はその形態から何らかの意味を見いだし、それを鑑賞することによってその音楽と聴衆の関係を成立させてきた。ところが、一般的に構成されておらず、前奏も間奏もない同じ音のくり返し、あるいは反復の変化を主体とする音楽では、聴衆は自発的にそれを聴き心理的に何らかの体験をすることで、その音楽と聴衆の関係を成立させた。それは、今日ミニマリズムの音楽として知られるスタイルに直接結びついた。この考え方の根底には東洋からの影響が見られる。それは反復によって獲られる心理的状態は、東洋のヨガの修行や仏教の瞑想に置ける方法論にそのルーツをみるからだ。

 ミニマリズムの音楽の創始者とされるラ・モンテ・ヤング(1935-) は、当初ジャズを指向し、1960年代の初頭にはフルクサスの音楽家として活動した。50年代中頃に、初めて聴いたインドの古典音楽、アリ・アクバル・ハーンのレコードのタンブーラのサウンドに強い影響を受けたと言われ、その影響は当時の作品、「For Brass」(1957) 及び「Trio for Strings」(1958) 等に反映したと思われる。それはタンブーラのサウンドの特性をヒントとし、それを管楽器あるいは弦楽器に置き換えて創作したと思われるからだ。62年にはミニマリズムの音楽を実践するといったことから「永久音楽の劇場」を主宰し演奏活動に入った。そこで演奏されたものは北インドの古典音楽がベースとなっていた。当時のメンバーには63年にヤングの妻となった、画家のマリアン・ザジーラ (ヴォーカル) 、アンダーグランド映画の作家トニー・コンラッド (ヴァイオリン) 、直後にロック・バンド、ヴェルヴェット・アンダーグランド (1964-73) の結成に参加したジョン・ケール (ヴィオラ) とアンガス・マックライズ (パーカッション) 、そしてヤング (ヴォーカル及び発振器のサイン波による電子音) といった編成であった。70年には北インドの音楽家、パンディット・プラン・ナート (1918-1998) に師事。門下となりキラナ・スタイルというインドの古典音楽の詠唱法を学んだ。門下には他にヤングの盟友テリー・ライリーがいる。

鳴り続ける電子音のドローン (持続低音のこと、通常、基音、あるいは基音に4度、5度の音の組み合わせで用いられる。特にインドの音楽では不可欠のパートとされる)の音程に、あらかじめ指定された幾つかのピッチ (周波数) が絡みながら進行してゆくといった構成。ヤングの調性感、あるいは指定された周波数の幾つかはインドの古典音楽の中に存在する。(*=ヤン富田・著「ビート禅アーカイブ」2004年より転載


Richard  Maxfield - Electronic Music   Advance Recordings FGR 8S  LP  1969  US

Harold Budd - The Oak Of The Golden Dreams   Advance Recordings  FGR 16  LP  1971  US


John Coltrane - The Complite 1961 Village Vanguard  Impulse! IMPD4-232 4xCD Box 1997 US

The Byrds - Eight Miles High   1966  US

The Byrds - Untitled   1970   US


ジャズのサックス奏者ジョン・コルトレーン (1926-67) は、1960年代に入り東洋の哲学や精神に大きく影響を受けた。インド音楽の研究ではシタール奏者のラヴィ・シャンカール (1920-2012) に教えを受け、61年に録音された楽曲 "India" は、インド音楽に不可欠なタンプーラのサウンドや、通奏低音風なベース・パート等でラーガ風な曲調となった。

60年代中期から絶大な人気のあったロック・バンド、バーズ (1965-73) は、66年に楽曲「8 Miles High /邦題: 霧の8マイル」を発表。これは、コルトレーンの「India」の冒頭のメロディーから構成されたものだった。ロジャー・マッギン (1942-) の12弦ギターのフレーズは、コルトレーンのソロを模した内容で当時ラーガ・ロックと呼ばれた。70年のアルバム「Untitled」には、「霧の8マイル」の16分間に及ぶライブ・バージョンが収録されている。97年発売のコルトレーンの4枚組CDには、61年にビレッジ・バンガードで演奏された未発表音源を含む「India」の4つのバージョン全てが収録された。


Funky King  “Well Well Well” / “Theme Of Funky King”   紅白レーベル RWX-11   12inch   1989


Funky King こと中村ゆうじの3部作に、作・編曲、プロデュースとして参加した。1作目のFunky King Part 1では、後のDOOPEES となるスージー・キムがFUNKY KING のガールフレンド役で登場。89年制作の3作目では、ミュージシャンを集めて生演奏とした。どちらの楽曲もベース・パートは通奏低音風のアレンジで、”Well Well Well” は録音直後にボ・ガンボス結成に参加する永井利充。”Theme Of Funky King” は、故 松永孝義によるウッドベース。同じことの繰り返しから時間経過とともにグルーブは増し、プレーヤーは譜面上の指定を超える展開となり最後は昇天するという構成。


"Theme Of Funky King" (Instrumental Version) Music by Y.Tomita

Seiichi Takahashi - Keyboards  Takayoshi Matsunaga - Wood Bass  Hirokazu Akiyama - Drums  

Hiroaki Katayama - Tenor Saxophone    Makoto Mirahara - Bass Clarinet   

Yann Tomita - Synthesizer

"Theme Of Funky King"     Music by Y. Tomita   Seiko Ito - Rap    Funky King - Vocals 

"Well Well Well"    Music by Y.Tomita

Seiichi Takahashi - Keyboards  Toshimitsu Nagai - Bass   Hirokazu Akiyama - Drums  

Nobu Saito - Percussion   Hiroaki Katayama - Tenor Saxophone 

Yann Tomita - Conduct   Funky King - Vocal


にほんのうた 第一集   Commons RZCM 45660  CD    2007   Japan 

『やぎさんゆうびん』DOOPEES : Caroline & Suzi - Vocals 

                              Gen Tamara - Guitar   Yann - Tanpuura, Bass & Electronics


日本の童謡、唱歌を集めたオムニバス・アルバム。ヤン富田 (DOOPEES) 名義での参加。お話をいただいてから楽曲を選んでいたら、『やぎさんゆうびん』が思い浮かび、これは歌詞がエンドレスの内容であるということもあって、ミニマリズムのアレンジとしました。ここで使用したリフは、偉大なるブルースバンド、Canned Heat “Going Up The Country”  (オリジナルは、Henry Thomas “Bull Doze Blues”) からのものです。DOOPEESのキャロラインが白ヤギさん、黒ヤギさんはスージーが担当。繰り返しの美学によって譜面を超える展開となり最後は昇天するという構成。


電気グルーブのピエール瀧さんがパーソナリティを勤めていたお昼のラジオ番組で、これをかけてくださったそうで、この猛毒?のようなアレンジの楽曲がお茶の間やオフィイスに流れ込んだところを想像するととても可笑しいです。


Mechanical Keyboard Sounds - Recordings Of Bespoke And Customized Mechanical Keyboards   

Trunk Records JBHO84LP   LP  2019   UK


キーボードの打鍵・サウンド・アルバム。カシャカシャと繰り返し音を立てるキーボードは、すでにノスタルジーを感じさせますが、それらのサウンドの違いに集中していくとクセになってきます。これは現代のアシッド・サウンドともいえます。いろんな景色も見えてきます。私的には先述の、Gene Estribou / Jean Paul Pickens - Intensifications のアルバムに通底した感覚を覚えます。


The Sounds Of The Office   Folkways Records FX6142   LP   1964   US


毎日繰り返されるお勤めでのオフィス・サウンド・アルバム。まだパーソナルコンピュータの無い時代、手紙の便箋を開ける音、タイプライター、電話のベル、コーヒーが湧く音、等々、繰り返す日常で育まれた音の集成。


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